だが、ネット右翼や「水からの伝言」の信者にいくら「データ」を示しても、恋する乙女の前でバレンタインデーの構築主義的研究を発表するようなものである。恋する乙女は、バレンタインデーがなかったとしたら「バレンタインデー」を発明することだろう。それが「サラダ記念日」だ。同様に、青少年が凶悪化していないことを示すデータを「宥める左翼」が宣伝してもムダである。もし仮に青少年一般への偏見が解消されたとしても、「良い青少年」「悪い青少年」という線引きが行われるか、もしくは新たな「青少年」が創造されるだけだ。
「永遠の嘘をついてくれ」——「美しい国」と「無法者」の華麗なデュエット 後編 - (元)登校拒否系